カーネル立像
立像の歴史

原形は、カナダのあるフランチャイズ店舗で作られたもの。イベントで使用された後は倉庫で眠ったままになっていた。

視察で北米を訪れた日本KFCの幹部がその立像をみつけて、日本に持ち帰った。

日本にKFCができた1970年、日本にはまだファーストフードはもちろん「フライドチキン」という言葉も無ければ、骨付きの鶏を手で食べるという風習もなかった。

全くの無名のKFC、赤と白のストライプをイメージカラーとして屋根や看板に使っていたり、非常に明るい照明の店舗づくりをしているので、電気屋や理髪店と間違えて入ってくる人も多かった。

「こんなにおいしい食べものをもっと知っていただきたい」。何とか認知していただこうということで、立像は店頭に置かれることになった。

立像の広がり

店舗が多くなるのに伴い、立像は全国に広がったが、日本だけのものであった。

繁華街では通行の妨げになる等、店舗の立地によって立像を設置できないこともあるため、全国の約1150店のうち、立像を置いているのは、約1000店舗ほど。

1979年にKFCインターナショナル北太平洋地区のリージョナル・オフィスが日本にでき、環太平洋地区への出店や技術指導などで日本のスタッフが協力することになったのに伴い、ハワイ・タイ・フィリピン・韓国・台湾・中国などの新店舗にも日本から立像を送って設置した。

現在では、米国やフランスなどの欧州にも日本から送った立像が立つ店もある。

米国本社にある、カーネル・ミュージアムでは、カーネル夫人同席のもとで日本からの立像の贈呈が行われ、現在も展示してある。

立像のプロフィール

立像は、カーネル・サンダースが60才時のほぼ等身大の173cm。当時、カーネルは身長180cm、体重90kgだった。→立像のサイズ

カーネルは日本に3回、来日しているが、その折、たいへん立像を気に入り、米国の本社にあるカーネル・ミュージアムには、日本から寄贈された立像が今も展示されている。

カーネルは生前、常に白いスーツを着ていたので、立像も白いスーツだが、他のコスチュームで、全国共通に使用しているのはクリスマス時のサンタクロースの衣装のみ。

季節折々で、店舗ごとに着用させているものに、3月のお内裏カーネル、5月の武者カーネルなどがあり、千代紙やダンボールで店舗従業員が作った手製のもの。現在では、全国で300店程の店舗で行っている。他に、7月の七夕カーネル、地元チームのユニフォームを着せたJリーグカーネルなどもある 。

立像にまつわるエピソード

1985年(昭和60年)の阪神タイガースの優勝の折には、熱狂した2~3人のファンが道頓堀店の立像を、バース選手に見立てて胴上げを始め、その場では社員が止めたものの、間もなく10人程のファンが再度胴上げ。通りはファンで埋め尽くされており、止める声も届かないままに橋まで運ばれ、そのまま道頓堀に投げ入れられてしまった。止めに入っていた社員は、店に帰ってみるとユニフォームがボロボロだった。

道頓堀店では、以来、立像を設置していなかったが、92年7月の改装を機に再度設置することになり、改装オープンの日には、約50名の報道の方がみえた。「日本は平和なんですね」とは記者の方の感想。

立像は、従来、店頭に置いてあるだけであったが、いたずらが多発するために、現在ではボルトで固定し、盗難を防いでいる。

いたずらは、立像ごと盗難の他に、一部だけの盗難もあり、例えば、めがね、ステッキなども現在では固定している。

めがねの盗難にあった店舗が、立像の手に「現在、めがね修理中につき、コンタクトを使用」という札を持たせたこともある。

繁華街の店舗では酔っぱらいによる盗難もあり、近くの交番から「お宅のおじさんが地下道で寝ているから連れに来て下さい」「信号待ちしたままなので連れに来て下さい」というようなご連絡をいただいたこともあった。

「わしじゃが、いま駅前の電話BOXで電話しているから迎えに来てくれ」などという電話もあり、従業員が行ってみると頭を突っ込んでいるということもあった。

住宅街の主婦からは、「今朝起きて、新聞を取りに行こうとしたら庭におじさんが立っていてびっくりした」というご連絡を頂いたこともある。

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